お岩さんのお墓

四谷怪談のお岩さんは、実在の人物だとご存知でしたか?

ふと思い立って、お岩さんが眠っていると言うお寺へ行く。
そのお寺は、西巣鴨にある(長徳山)妙行寺。

折しも、今月22日がお岩さんの祥月命日だということで、門の前に法要の案内が出ている。
2402015長徳寺妙行寺入り口

門の右には、お岩様の寺と書かれた大きな石が置かれている。
2402015妙行寺入り口

一歩中に入れば、四谷怪談お岩様。。。と書かれた碑も。
2402015妙行寺四谷怪談xxxの碑

広い墓地を案内に従っていくと、お岩様のお墓だ。
各界の人からのお塔婆が見られる。
2402015妙行寺お岩さんのお墓

私がお参りしている間、私以外訪れる人はいなかった。

そして、この墓地には、赤穂事件に関係した人々のお墓もある。
(赤穂藩初代藩主浅野長直夫人=高光院、浅野内匠頭長矩の弟で、「浅野大学」として知られる浅野長広の夫人=蓮光院がそうだ。)
2402015妙行寺浅野家の墓

で、ランチもご紹介!^^
2時を過ぎて、街の洋食屋さんへ入る。
昔懐かしいスコッチエッグ定食だ。
2402015巣鴨小林スコッチエッグランチ

何故これを注文したかと言うと、コロッケがついているからだ。^^
でも、昔懐かしいコロッケではなかった。
クリームコロッケではないのだが、手間をかけていて(もしかしてジャガイモを裏ごししているのかな?と思う程なめらか)、ジャガイモの塊が一つも出てこなかった。
そして、調味料はテーブルに置いてない。そう、全部かかってくるから。。。
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雨の金色堂

昨日は、雨の中、平泉の中尊寺へ行った。

上野駅に着くと、東北新幹線のホームでは、列車の連結風景が見られる。(面白い!)
240121上野駅車両連結風景

上野から2時間5分で、一の関に到着。
雨が止む気配は一向にない。

一の関からタクシーで、平泉の金色堂へ向かう。
雪の金色堂を見たかったのだが、雨の金色堂となってしまった。
240121平泉金色堂

実は、金色堂内の中央須弥壇に安置されている国宝11体の仏像は、明日から東京上野の国立博物館に展示されるため、4月末まではお留守だ。@@
私は、知っていて来ているのだが、ま、金色堂自体は、もって行っているわけではないから。。。
240121中尊寺金色堂のブッタ上野へポスター

ということで、金色堂内部の仏像の配置が変更されている。
240121平泉金色堂仏像配置構成

(堂内撮影禁止のため)簡単に言うと、堂内には須弥壇が3つある。
中央の須弥壇に展示されている11体の国宝仏像が東京へ行っている間、(向かって)右の須弥壇に配置されている仏像を、中央の須弥壇に移している。そのため、右の須弥壇は空っぽだ。

ところで、金色堂は、今年建立900年と言うことで、記念の御朱印を頂いた。
240121中尊寺金色堂の御朱印

汎太平洋の鐘

今朝も、なかなか起きられない。
なので、モーニングならぬ、ブランチになってしまう。
でも、元気の素ステーキだ!
231229ビーフステーキ


ところで、約1ヶ月ほど前(11月23日)に、文京区の源覚寺(こんにゃく閻魔)の記事を書いた。
その時気になっていた、汎太平洋の鐘が、除夜の鐘として突くことが出来るそうだ。
231229源覚寺除夜の鐘の集い

そして突く鐘は、汎太平洋の鐘。
231229汎太平洋の鐘

ところで、この汎太平洋の鐘って、どんな謂れがあるのだろうか?気になったので、検索してみた。
『この鐘は元禄3年1690年に完成、昭和12年(1937年)に当時日本領だったサイパンの南洋寺に搬出され、サイパンの人々に時を告げる鐘として使われていた。。。。。。第二次世界大戦が勃発し、サイパンは戦禍に飲み込まれ、この鐘も行方不明になっていた。しかし戦後の1965年に米国・テキサス州にてこの鐘が発見され、その後、1974年になってこの源覚寺に戻って来た。。。』
やはり、この鐘も戦時下をさまよったのだ。
なので、この鐘の隣に“学徒出陣の碑”もある。

そして、新入社員当時、よく食べに行っていた、35円のラーメン屋。。。もう無いとは思っていたが、やはり無い。(お店自体がない。)
それで、その何十倍も払って(と言っても、今では当たり前の料金だが)、酸辣湯麺を食べる。
231229酸辣湯麺

これ、見た目は悪いけど味は私好み。凄く酸っぱい!^^

今日の散歩もこれまで。
暮れの雑踏は疲れる。

思い出の鬼子母神へ

雑司ヶ谷の鬼子母神へ行く。
ここは、母とよく来たところだ。

参道のケヤキ並木は、(刈り込んだのか?)以前に比べさっぱりしている。
231219雑司ヶ谷鬼子母神入口ケヤキ並木

鬼子母神堂の前まで来ると、四段の階段がある。
そう、この階段が車椅子を上げることが出来なくて、困ったものだった。
(通りがかりの親切な人が、車椅子を持ち上げてくれたりしたので、お堂の直前まで行き、お参りをすることが出来た。)
231219雑司ヶ谷鬼子母神

階段を上がればれば、すぐ左に、樹齢600年とも700年とも言われる、天然記念物の大きな公孫樹が、今も変わることなくそびえ立っている。
231219雑司ヶ谷鬼子母神銀杏の木

ここの鬼子母神の鬼の字には,角がない。
母はいつも、いつもその説明を私にしてくれた。
231219雑司ヶ谷鬼子母神鬼の字には角がない

お堂の裏へ抜けて、“魚河岸亭”と言うお店でランチを食べていた。(鬼子母神を祀ってあるからだろう、結構お年寄りが寄るお店だった。)
今はないので、魚河岸亭と同じ経営の、割烹大倉の方でランチを食べられるようになっている。

この割烹大倉も、亡くなった友人と来たことがある。
当時、アルコールの持ち込みが出来たので、持ち込んで飲んだくれたものだ。^^
店の人に聞くと、今も持ち込みが出来るそうだ。(友人が生きていたら、また来て飲んだくれることが出来たのに。。)

今はもう、母も友人もいない。今日は、一人おとなしく、お刺身定食を食べる。
231219大倉ランチお刺身定食

帰りに、(その当時は無かった)案内所に入り、絵葉書を買う。
(この絵ハガキ安い上に、右のみみずくのハガキとケヤキのしおりをプレゼントしてくれた。)
231219雑司ヶ谷鬼子母神案内書でハガキ

そして。。。思い出の世界から現実の世界へ。今日もまたリハビリに。。。
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Author:ぽっちゃり婆
人生100年時代と言っても、もうその多くを生きて来た。
あと何年生きるのだろう。
死んでからでは遊べない、美味しいものも食べられない。
楽しむなら今のうちだ。。。

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